アバターアイデンティティ考

AI生成アバターの権利帰属と法的課題:メタバースにおける著作権・所有権論

Tags: AI, 著作権, メタバース, デジタル資産, 権利帰属, 情報法

はじめに

メタバース空間における自己表現の核となるアバターは、その姿や機能が多様化し、表現行為にとどまらず、経済活動や社会交流の基盤となりつつあります。特に近年、テキストや画像生成AI技術の進化に伴い、高品質かつパーソナライズされたアバターを容易に生成できる環境が整ってきました。このようなAIによるアバター生成は、新たな創造性を開花させる一方で、その法的性質、特に「誰がそのアバターの権利を有するのか」という権利帰属の問題に複雑性をもたらしています。本稿では、メタバースにおけるAI生成アバターに焦点を当て、著作権、所有権、さらにはデジタル資産としての側面から、現行法体系との関連性や今後の法的課題について考察を進めます。

アバターの著作物性と権利帰属

アバターが著作権法上の保護対象となる「著作物」に該当するかは、その表現が思想又は感情を創作的に表現したものであるか、という基準によります。単なるデータやプログラムコードは原則として著作物とはなりませんが、アバターの視覚的なデザイン、形状、色彩、さらには特定の動きや振る舞いといった表現部分には、創作者の個性が発揮され、著作物性を有する可能性があります。特に、複雑なモデリングやテクスチャリング、アニメーション設定が施されたアバターは、美術の著作物やプログラムの著作物、あるいはこれらを組み合わせた複合的な著作物として捉えられる余地があります。

問題は、このアバターがAIによって生成された場合です。現行の日本の著作権法を含む多くの国の法制度では、「著作者」は人間の創作行為を前提としています。AI自体は法律上の権利能力を持たないため、AIが単独で生成した創作物が直ちに著作物として保護されるか、あるいは誰に著作権が帰属するのかは明確な結論が出ていません。主な論点としては、以下の点が挙げられます。

  1. AI開発者帰属説: AIを開発・学習させた者が創作性の発揮に最も寄与したとみなし、著作者または著作権者とする考え方です。しかし、AIの学習データやアルゴリズム自体が直接的に個々のアバターの表現を決定するわけではないため、創作性の寄与を認定しにくい側面があります。
  2. AI利用者帰属説: AIを用いてアバター生成を指示した者(ユーザー)が、プロンプトの設計、パラメータ調整、生成結果の選定・修正といったプロセスを通じて創作的な寄与を行ったとみなし、著作者または著作権者とする考え方です。この考え方は、利用者の意図や選択が生成物の表現に大きく影響する場合に妥当性が高まります。ただし、利用者の寄与が単なるアイデアの提供や指示に留まる場合は、創作性の要件を満たさない可能性もあります。
  3. 著作権保護否定説: AIの自律的な判断によって生成された創作物については、人間の創作行為が介在しないため著作物性を否定する考え方です。この場合、アバターは著作権による保護を受けず、誰でも自由に利用できる状態となります。
  4. 新たな権利創設の必要性: AI生成物をめぐる現状の法的課題に対応するため、著作権とは異なる新たな権利や法的枠組みを設けるべきとする考え方です。

現状の日本の著作権法の実務においては、AIの利用者がAIを創作のための「道具」として能動的に利用し、その利用者の創作的な意図や工夫が表現に反映されていると評価できる場合に限り、利用者を著作者として認める方向性が示唆されています。しかし、AIの自律性が高まり、利用者の関与が限定的になるにつれて、この基準の適用は困難になります。メタバースにおけるAI生成アバターは、ユーザーの簡単な指示で多様なバリエーションが生成されるケースも多く、利用者の創作的な寄与をどこまで認めるかが重要な論点となります。

メタバースにおけるアバターの所有権とデジタル資産性

アバターは単に表示される画像やデータであるだけでなく、メタバース経済圏においては「デジタル資産」として取引や利用権の移転の対象となり得ます。特にNFT(非代替性トークン)技術と結びついたアバターは、唯一性や希少性が担保され、特定のユーザーに紐づく形で流通しています。このようなアバターについて、「所有権」という概念をどのように適用・理解するかが課題となります。

現行の民法における所有権は、原則として有体物(モノ)に対する権利を指します。デジタルデータであるアバターに直接的に民法上の所有権が認められるかは議論の余地がありますが、財産的な価値を持つデジタルデータやデジタルコンテンツに対して、排他的な利用・処分を可能とする権利を「デジタル所有権」あるいはこれに類する権利として捉える考え方が提唱されています。

メタバースプラットフォームの利用規約は、アバターの利用や収益化、移転に関する権利関係を定める上で重要な役割を果たします。多くのプラットフォームでは、ユーザーはアバターのデータそのものを「所有」するのではなく、プラットフォーム上での利用権やライセンスを取得する形式が採られています。しかし、NFTアバターの場合、ブロックチェーン上の記録によって特定のウォレットがアバターの「所有者」であると証明される形となり、プラットフォームの枠を超えた流通や二次創作、派生ビジネスの可能性が広がります。

AI生成アバターがデジタル資産として流通する場合、その「所有」の対象は何でしょうか。AIが生成したアバターの画像データ、3Dモデルデータ、あるいはそれに付随するメタデータなどが考えられます。これらのデータに対する権利が、前述の著作権の問題や、プラットフォームの利用規約、NFTの発行条件などと複雑に絡み合います。例えば、AI生成アバターの画像データについて著作権が誰にも帰属しない(パブリックドメインのような状態)場合でも、NFTとして発行され、特定のユーザーに紐づけられた状態をもって「所有」と捉え、そのNFTの移転によってアバターの排他的な利用権や収益化権が移転するといった法的構成が考えられます。

デジタル資産としてのAI生成アバターと相続

アバターがデジタル資産として財産的価値を持つ場合、そのユーザーが死亡した場合に、そのアバターが相続の対象となるかという問題も生じます。インターネットアカウント、オンラインゲームのデータ、仮想通貨などがデジタル遺産として認識されつつありますが、アバターもまた同様の文脈で議論される必要があります。

AI生成アバターの場合、相続されるのはアバターのデータそのもの、あるいはそのアバターに紐づけられたNFTといった「デジタル所有権」を表象する権利ということになります。これらのデジタル遺産は物理的な形態を持たないため、その存在の特定、評価、移転方法において特有の課題があります。プラットフォームの利用規約がアカウントの相続やデータへのアクセスについて定めている場合もありますが、多くの場合、デジタル遺産に関する明確な法的な枠組みはまだ十分に整備されていません。

AI生成アバターの相続においては、アバター自体の権利帰属(著作権やデジタル所有権)が誰にあるのか、その権利が相続の対象となる財産権に該当するのか、そしてそれをどのように評価し、法定相続人や遺言に基づいて移転するのか、といった複雑な法的論点が関わってきます。

今後の展望

メタバースにおけるAI生成アバターに関する権利帰属と法的課題は、著作権法、所有権法、契約法、相続法など、既存の複数の法分野に跨る複合的な問題です。AI技術の進化とメタバースの普及は急速に進んでおり、既存法の解釈のみでは対応が困難な領域が増加していくと考えられます。

今後の展望として、以下の点が重要になると考えられます。

結論

メタバースにおけるAI生成アバターは、表現の自由と創造性を大きく広げる一方で、その複雑な権利帰属を巡る新たな法的課題を提示しています。特に著作権と所有権、そしてデジタル資産としての相続といった側面においては、現行法の解釈だけでは十分に対応できない論点が多く存在します。これらの課題に対しては、技術の進展を見据えた法整備、既存法の柔軟な解釈適用、そして関係者間の共通理解の醸成が求められます。情報法に携わる者として、これらの動向を注視し、多角的な視点からの考察を深めていくことが重要であると考えます。