アバターアイデンティティ考

アバター関連NFTの財産権と法的課題:メタバースにおけるデジタルアセットの新たな法理

Tags: メタバース, アバター, NFT, 財産権, 情報法, デジタルアセット, 著作権

はじめに

メタバース空間の拡大に伴い、アバターそのものや、アバターに付随するデジタルアセット(衣装、アクセサリー、ランド、エフェクトなど)が経済的な価値を持つようになり、活発な取引が行われています。特に、非代替性トークン(NFT)の技術を活用したデジタルアセットは、「唯一無二」の価値を持つデジタル財産として認識されつつあります。しかし、これらのデジタルアセットは物理的な実体を持たない情報であり、既存の物権を中心とした財産法体系においてどのように位置づけ、保護していくべきかは、法的な課題を提起しています。

本稿では、メタバースにおけるアバター関連デジタルアセット、特にNFT化されたものに焦点を当て、その法的性質、財産権としての保護の可能性と課題、そして取引における特有の法的論点について、国内外の議論を踏まえながら考察を深めます。

デジタルアセットの法的性質と既存法体系との関係

NFT化されたアバターやその関連アイテムは、ブロックチェーン上で所有権や利用権などの情報を記録したデジタルデータです。これは、物理的な「物」とは明確に異なり、日本の民法における「物」(有体物)の定義には含まれません。したがって、これらのデジタルアセットに直接的に物権(所有権など)が成立するわけではありません。

しかし、経済的価値を有し、排他性をもって利用・譲渡されている実態があることから、何らかの形で法的な保護を与える必要性が生じます。既存の法体系の中で、これらのデジタルアセットに関わる権利をどのように位置づけるかが問題となります。

考えられるアプローチとしては、以下のようなものが挙げられます。

  1. 著作権: アバターのデザインやデジタルアセットのグラフィックデータは著作物として保護される可能性があります。この場合、NFTの保有者は、原則として著作権そのものを取得するわけではなく、当該著作物に係る利用権(二次創作や展示などに関するもの)を許諾されているに過ぎないという解釈が一般的です。OpenSeaなどのNFTマーケットプレイスの規約においても、取引されるのはデジタルアセットそのものではなく、それに関連する利用権であることが示されている場合があります。
  2. 債権: NFTの保有は、発行者やプラットフォーム運営者に対する特定の権利(例:メタバース空間で当該アセットを利用できる権利、将来的な利益分配を受ける権利など)を主張できる債権的な性質を持つと解する考え方もあります。しかし、特定の個人に対する権利に留まるため、第三者への対抗力や、デジタルアセット自体の排他的利用を十分に担保できないという課題があります。
  3. 新たな「デジタル所有権」または類する権利: 既存の物権や債権の枠組みでは捉えきれないデジタルアセットの排他的利用や譲渡の実態に合わせて、新たな権利を創設、あるいは既存の所有権概念を拡張解釈するという議論も存在します。デジタルコンテンツの性質に応じた法理の構築が求められています。

情報法、特に著作権法との関連では、NFTが著作物の真正性証明や取引履歴の記録に利用される一方で、著作権の移転や利用許諾の範囲が不明確であることに起因する紛争が発生しています。また、アバターの外観が既存のキャラクターや著名人の肖像を模倣している場合、著作権侵害や不正競争防止法上の問題、パブリシティ権侵害などが生じる可能性も指摘されています。

財産権としての保護の可能性と課題

デジタルアセットを財産として捉え、その権利を保護しようとする動きは国内外で見られます。しかし、その保護のあり方や、既存の物権的保護にどこまで近づけるかには課題があります。

権利の帰属と対抗力

NFTによって記録されるのはブロックチェーン上のデータであり、これは必ずしも現実世界における真の権利関係や占有状態を示すものではありません。例えば、ウォレットの秘密鍵が漏洩した場合、不正にNFTが移転されるリスクがあり、その場合の真正な権利者特定や回復は容易ではありません。現実世界における登記や引渡しのような、権利の公示方法や対抗要件の仕組みをデジタルアセットに対してどのように構築するかが課題となります。

差押え・担保設定

デジタルアセットが財産として認められる場合、民事執行における差押えの対象となるか、あるいは担保設定の対象となるかも議論の的となります。物理的な物と異なり、デジタルアセットの差押え方法や評価は特殊性を伴います。ウォレット単位での差押え、スマートコントラクトによる権利凍結など、技術的な側面と法的な手続をどのように連携させるかが検討課題です。

紛争解決

デジタルアセットに関する紛争が発生した場合、準拠法や裁判管轄の特定が困難であるという国際的な課題があります。メタバースは国境を越えた空間であり、取引主体やサーバー所在地が多様であるため、どの国の法律を適用し、どの国の裁判所で紛争を解決するのかといった国際私法の問題が生じます。

取引における特有の法的論点

NFT化されたアバター関連アセットの取引においては、特有の法的課題が存在します。

二次流通時のロイヤリティ

多くのNFTプラットフォームでは、二次流通時にも原作者や発行者にロイヤリティが支払われる仕組み(スマートコントラクトによる自動実行)が組み込まれています。しかし、このスマートコントラクトによる自動実行が、法的にどこまで強制力を持つのか、あるいは特定のプラットフォーム外での取引に対しても有効なのかは、契約法上の解釈や技術的な限界を含めて議論が必要です。

偽造・詐欺

NFT市場では、他者の著作物を無断でNFT化して販売する偽造NFTや、プロジェクトの実態がない詐欺的なNFT販売といった問題が発生しています。これらは既存の著作権侵害、詐欺罪、不正競争防止法違反といった法規で規律される可能性がありますが、匿名性の高い取引や国境を越えた性質から、犯人の特定や被害回復が困難となるケースが多く見られます。プラットフォーム事業者の本人確認義務や監視義務といった法的責任の範囲も問われています。

消費者保護

NFT取引は投機的な側面が強く、価格変動リスクやプロジェクト破綻リスクを伴います。一般消費者がこれらのリスクを十分に理解せずに取引に参加した場合の消費者保護も重要な課題です。金融商品取引法上の規制対象となる可能性や、特定商取引法、消費者契約法といった既存の消費者関連法規の適用可能性についても検討が必要です。

国際的な議論と日本の展望

海外では、米国を中心にNFTやデジタルアセットに関する規制の動きや、権利侵害を巡る訴訟事例が増加しています。米国証券取引委員会(SEC)による証券性判断の動きや、著作権侵害訴訟などが代表例です。欧州連合(EU)でも、デジタル資産に関する規制枠組み(MiCA規則など)の整備が進められています。

日本国内でも、法務省などの省庁や研究機関において、デジタルアセットに関する法的な検討が進められています。デジタル原則に基づき、既存法体系の柔軟な解釈や、必要に応じた法改正、ガイドライン策定などが今後の焦点となるでしょう。メタバース経済圏の健全な発展のためには、技術動向を踏まえつつ、権利保護と取引の安全性を両立させる法整備が不可欠です。

結論

メタバースにおけるアバター関連デジタルアセット、特にNFTは、新たな財産としての可能性を秘めている一方で、既存の法体系では十分に捉えきれない多くの法的課題を提起しています。物理的な「物」ではないデジタルアセットの法的性質の明確化、財産権としての保護のあり方、取引の安全性確保、国際的な法連携などが今後の重要な検討課題となります。

これらの課題に対しては、既存法体系の解釈の深化、新たな法理の構築、そして国際的な議論への積極的な参加を通じて、メタバース経済圏の持続可能な発展を支える法的基盤を整備していく必要があります。情報法を専門とする我々にとって、デジタルアセットとアバター、そして自己同一性や経済活動が交錯するこの領域は、深く考察すべき新たなフロンティアと言えるでしょう。