メタバースにおけるアバター利用者の権利とプラットフォームガバナンス:利用規約とモデレーションを巡る情報法上の課題
はじめに
メタバース空間は、単なるゲームやコミュニケーションツールを超え、経済活動、芸術表現、社会交流など、現実社会に類似した多様な活動が行われる場へと進化しつつあります。この仮想空間において、アバターは利用者の自己を表現し、他者と関わり、活動を行うための重要なインターフェースとなります。アバターを介した活動が活発化するにつれて、その空間を規律する「ルール」や「法」のあり方が問われるようになっています。
特に、現在の主要なメタバース空間の多くは、特定のプラットフォーム事業者によって提供・運営されています。これらのプラットフォームが定める利用規約やコミュニティガイドライン、そしてそれらに基づくコンテンツモデレーションといった内部規律は、アバターを通じた利用者の活動や権利に直接的かつ大きな影響力を持っています。プラットフォームの規律が、アバター利用者の表現の自由、財産権、プライバシー、さらには手続的権利といった様々な権利をどのように規定し、あるいは制限するのかは、情報法において重要な検討課題であると考えられます。
本稿では、メタバースにおけるアバター利用者の権利保障という観点から、プラットフォームガバナンス、特に利用規約とコンテンツモデレーションが提起する情報法上の課題について考察します。
プラットフォームの内部規律の法的性質と権利制限
メタバースプラットフォームの利用規約は、プラットフォームと利用者間の契約としての性質を有すると解されます。これは、利用者がプラットフォームの提供するサービスを利用するにあたり、その規約に同意することを要件としているためです。しかし、その内容はプラットフォーム側によって一方的に定められることが多く、多くの場合、民法における定型約款(日本の民法第548条の2以下)や、消費者契約法における不当条項の規律の対象となり得ます。
利用規約の中には、アバターの作成・利用に関する制約、ユーザー生成コンテンツ(UGC)の権利帰属や利用許諾、禁止行為、アカウント停止・削除の要件などが詳細に規定されています。これらの規定は、アバターを通じた利用者の表現の自由や経済活動に直接的な影響を与えます。例えば、UGCに関する権利がプラットフォーム側に広く移転される、あるいはプラットフォームが利用者のUGCを自由に利用できると規定されている場合、利用者のアバター表現を通じた経済的・創造的な活動が制約される可能性が出てきます。また、禁止行為の定義が曖昧であったり、プラットフォームの裁量が過度に広かったりする場合、利用者の予見可能性や法的安定性が損なわれることになります。
国内外では、オンラインプラットフォームによる一方的な規約変更や不当な条項に対する規律が議論されており、EUのデジタルサービス法(DSA)のように、プラットフォームの透明性やアカウンタビリティを強化し、利用者保護を図る法制度も登場しています。これらの動向は、メタバースプラットフォームの利用規約のあり方にも影響を与えるものと考えられます。
コンテンツモデレーションとアバターの表現の自由
プラットフォームによるコンテンツモデレーションは、健全なコミュニティ維持のために不可欠な機能ですが、アバターの表現の自由との間で緊張関係を生じさせます。コンテンツモデレーションには、不適切なアバターの外観や行動の制限、チャット内容のフィルタリング、フォーラムへの投稿の削除、さらにはアバターやアカウントの一時停止・永久追放といった措置が含まれます。
問題となるのは、これらのモデレーションがどのような基準で行われるか、そのプロセスは透明か、そして利用者に十分な異議申し立ての機会が与えられているかという点です。メタバース空間における表現は、現実世界よりも自由度が高い側面がありますが、ヘイトスピーチやハラスメント、権利侵害といった問題も発生し得ます。プラットフォームが定めるコミュニティガイドラインの解釈・適用は、しばしばプラットフォーム側の主観やポリシーに依存し、その判断基準や理由が利用者にとって不明確である場合があります。これにより、利用者が自身の表現行為がなぜ制限されたのかを理解できず、適切な反論や是正が困難になるという課題が生じます。
表現の自由の制約は、通常、公共の福祉に適合する場合に法律に基づき行われるべきものです。オンラインプラットフォームによるモデレーションは、プライベートな空間における管理という側面がありつつも、実質的には公共的なコミュニケーションの場として機能しているため、どこまで公的な表現規制における原則(明確性、必要最小限度、手続的正義など)が類推適用されるべきか、あるいは新たな規律が必要かが議論されています。特に、アバターを通じた活動がその利用者のアイデンティティ形成や経済活動と深く結びついている場合、アカウント停止等の措置は現実社会における権利制限と同等かそれ以上の影響を及ぼす可能性もあり、より厳格な手続保障が求められるべきではないかという論点があります。
アバター関連アセットの管理と財産権
メタバース空間では、アバターの外観アイテム、バーチャル土地、デジタルアートなどのアセットがユーザーによって作成・取得され、売買されることがあります。これらの中にはNFTとしてブロックチェーン上で管理されるものもあります。プラットフォームの利用規約は、これらのアバター関連アセットの所有権、利用権、取引に関するルールを定めています。
プラットフォームがサービス規約違反などを理由に、利用者のアバター関連アセットを削除したり、アクセスを凍結したりする措置を取る可能性があります。利用規約においてプラットフォームに広範な裁量権が認められている場合、利用者が正当な対価を支払って取得したアセットの利用が突然不可能になるリスクが生じます。これは、利用者の財産権に対する重大な侵害となり得ます。
情報法においては、デジタルコンテンツやデータに対する「所有権」や「準所有権」のような概念が議論されてきました。メタバースにおけるアバター関連アセットは、その稀少性や経済的価値において、現実世界の財産と同様の保護が求められる性質を有しています。利用規約による一方的な制限に対し、利用者が自己のアセットの権利をいかに主張し、保護を求めることができるのかは、今後の法解釈や新たな法規律の重要な論点となります。NFTなどのブロックチェーン技術を利用したアセットの場合、オフチェーンのプラットフォームガバナンスとオンチェーンの権利関係が複雑に絡み合い、法的課題を一層複雑にしています。
今後の展望
メタバースにおけるアバター利用者の権利保障は、プラットフォームの内部規律のあり方と密接に関わっています。利用規約の明確性、コンテンツモデレーションプロセスの透明性・公平性、そして利用者が不当な措置に対して異議を唱え、救済を得られる手続きの確立は、健全なメタバース空間の発展に不可欠です。
情報法においては、既存の法体系(契約法、消費者法、著作権法、財産法、憲法上の権利論など)をメタバース環境にどのように適用できるかを検討するとともに、プラットフォームのガバナンスに対する新たな規律の必要性についても議論を深める必要があります。プラットフォームの自己規律に委ねる範囲と、外部の法による規律の範囲、そしてその両者の間の適切なバランスを見出すことが求められます。
また、メタバースが国境を越えて利用されるグローバルな空間であることから、国際的な法協力や、複数の法域に跨る紛争解決メカニズムの構築も重要な課題となるでしょう。アバターを通じた活動の多様化が進むにつれて、利用者の権利保障を巡る法的・倫理的な課題は一層複雑化していくことが予想されます。学術的な議論の深化と、現実的な政策論議の継続が期待されるところです。